山口 周南

山羊の歌

中原中也一九三四年

同じ雪が、年ごとに硬くなっていく。

生ひ立ちの歌

私の上に降る雪は

ひとつの雪が、降りやまない。
子供の頃はやわらかく、大きく、ゆっくりと。
下るほど、それは硬く、速く、鋭くなる。

幼年時

私の上に降る雪は真綿まわたのやうでありました

大きく、遅く、やわらかい。落ちてくるのに、痛くない雪。

少年時

私の上に降る雪はみぞれのやうでありました

濡れて、斜めに。もう真綿ではない。まだ氷でもない。

十七―十九

私の上に降る雪はあられのやうに散りました

小さく、速く、硬い。粒が地に当たって、散る。

二十―二十二

私の上に降る雪はひようであるかと思はれた

重く、直に。もはや降るのではなく、打ってくる。

二十三

私の上に降る雪はひどい吹雪とみえました

密に、横殴りに。降るものの向こうが、見えなくなる。

二十四

私の上に降る雪はいとしめやかになりました……

細く、静かに。荒れが過ぎたあとの、雪。

――そして

私の上に降る雪は
花びらのやうに降つてきます
たきぎの燃える音もして
凍るみ空の黝くろむ頃

私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸べて降りました

私の上に降る雪は
熱い額に落ちもくる
涙のやうでありました

私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生したいと祈りました

私の上に降る雪は
いと貞潔でありました

口が、先に動く

中也の詩は、目より先に口が読んでしまう。意味を追うより早く、音が舌の上で鳴る。「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」——『サーカス』の、宙のブランコの一行。何を言っているのかと問う前に、もう揺れている。悲しみは、意味で運ばれてこない。この詩人においては、韻律が先に来て、意味はあとから追いつく。だから黙読が、途中で音読に変わる。

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

『サーカス』より

「生ひ立ちの歌」で雪が真綿から雹へ硬くなっていくのも、理屈ではなく手ざわりで進む。幼年時、少年時、十七、二十、二十三、二十四——年齢だけが淡々と刻まれ、その上に降る雪の質感だけが変わる。説明はない。硬さが、そのまま歳月になっている。

二行ずつ、呼び交わす

同じ詩集に、『雪の宵』という詩がある。白秋の二行を題辞に掲げ、その調べを自分の歌に書き換えて返す一篇だ。組み方に仕掛けがある。地の声と、少し字を下げた声とが、二行ずつ交互に来る。輪唱のように、片方がもう片方を追いかける。

粉雪の舞ひ、粉雪の舞ふ夜はふかふか煙突、煙吐きます。(白秋)

しんしんしんしん、夜は更ける

しんしんしんしん、夜が更ける。

ふかふか煙突煙吐いて、赤い火の粉も刎ね上る。

最後にこの二行がもう一度戻ってくるとき、「煙突」のあとの読点がひとつ、消えている。輪唱がひと巡りして、わずかにずれて閉じる。そこまで組んで、この詩は終わる。
言葉は中原中也の原文。表記は青空文庫版に拠る。

繰り返しという焚きもの

中也は、同じ言葉を惜しまない。『汚れつちまつた悲しみに……』は、その一行が四度戻ってくる。

汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

繰り返しは、単調ではない。二度目の「汚れつちまつた悲しみに」は、一度目とは違うものになっている。同じ薪をくべ足すように、繰り返すたびに悲しみが濃くなる。歌がもともと持っていた、この装置。中也はそれを詩に持ち込んだ。『山羊の歌』は、その第一詩集として一九三四年に世に出た。彼は一九〇七年、いまの山口市に生まれている。

火の粉の方角

『雪の宵』の火の粉は、落ちない。煙突から吐かれた粉が、赤いまま上へ刎ね上がる。九十年ののち、山口の海べりでは、いまも煙突が煙を吐いている。夜になると、火の色をした灯が水面に映る。詩の挿絵ではない。同じ土地で、いまも上へ昇っている火の色の、正直な現在の風景として、下に重ねる。

胸に、上へ刎ねる火の粉を。

赤い火の粉も刎ね上る。

中原中也『山羊の歌』のTシャツ。白地に周南の海べりの薄暮の風景と、縦組みで『雪の宵』の一節をあしらったデザイン

胸には、『山羊の歌』所収『雪の宵』の一節と、詩人ゆかりの山口・周南の海べりの風景。落ちる火の粉ではなく、上へ刎ねる火の粉のほうを選んだ。声に出して読んだことのある人が、街ですれ違いに気づく——そういう一枚として組んでいる。

つくり手のことを、少しだけ。47storiesJP といいます。著作権の切れた日本の文学から、四十七の都道府県ごとにひとつ作品を選び、その一節を、物語ゆかりの土地の風景と一枚に組んで、Tシャツにしています。言葉は作家の原文。図の中の人物だけが、生成AIの描いた架空の巡礼者で、実在しません。山口は、この『山羊の歌』です。

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価格・仕様はSUZURIの商品ページでご確認ください。

山口・周南の海べりの薄暮。二本の煙突と水面に映る灯、ヘッドフォンをつけた巡礼者の後ろ姿と、縦組みの『雪の宵』の一節を配したグラフィック
言葉は中原中也の原文。風景は実写、詩人ゆかりの山口・周南の海べり(薄暮)。水辺に立つ人物だけは、生成AIが描いた架空の巡礼者であり、実在しない。

音声の綴り

声に出したくなる詩の話を、続けています。

作品討論ラジオ、第九回。
この詩集を「言葉が殺された時代の贅沢な悲しみ」という切り口で、
一時間ぶん喋り倒しました。
音のほうから中也に入りたくなったら。

第九回を聴く(Spotify)