雨月物語 吉備津の釜 上田秋成

吉備津神社の長い木の廻廊。石灯籠のそば、廊下の奥へ人物が歩いていく。

吉兆ならば、釜の鳴る音が牛の吼えるように大きく鳴る。反対に、凶兆ならば、釜は鳴らないのである。これを吉備津の御釜祓という。

釜は、秋の虫がくさむらですだくほどの小さな声さえ出さない。

「久しぶりでおめにかかるものですね。」

これまでのひどい仕打ちにたいする報いが、どんなものであるか、思いしらせてあげましょう

よくみると、これこそ故郷に捨ててきた妻の磯良であった。

きょうから四十二日の間は、かたく戸をしめて、厳重な謹慎をなさい。

たとえ一時たりともこのいましめを破ったならば、死をのがれることはできませんぞ

かの怨霊も毎夜毎夜、家のまわりをめぐったり、あるいは屋根の棟のあたりで叫んだりして、その怒れる声は一晩ましに物凄くなってくる。

こうして四十二日という最後の夜になった。

やがて夜明けの空がしらじらとあかるくなった。

正太郎は、長い夢からさめたような気がして、

「ああッ!」と叫ぶ声が、耳をつんざいて、思わず尻もちをついた。

さっき正太郎が明けたと見た夜はじつはまだ暗く、月は中空にありながら、光がぼんやりとおぼろで、初冬の風はつめたく吹き

なおよく月あかりで見ると、軒の端になにかひっかかっている。灯火を高くさしあげて照らして見ると、男の髪の髻だけがひっかかって、ほかにはなにひとつない。

夜が明けてから近い野や山を探しもとめたが、ついにその形跡さえ見つけることができずにしまったのである。

御釜祓で告げられた凶兆がとうとうそのまま事実になってしまった

このはなしとともに世の人々は語り伝えたのである。

釜を鳴らして吉凶を占う神事は、いまも岡山・吉備津神社に伝わっています。一枚の写真は、その廻廊のいまの実写です。

この一枚
白い長袖シャツ。吉備津神社の長い廻廊をゆく人物の写真に、「これまでのひどい仕打ちにたいする報いが、どんなものであるか、思いしらせてあげましょう」の縦書き。
胸には廻廊と、磯良のことば。

胸にあるのは、屏風の陰から告げられた一言と、いまの吉備津神社・廻廊の実写です。

つくり手は47storiesJP。岡山は『雨月物語』の、このことばです。

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いまの岡山・吉備津神社
吉備津神社の廻廊の内部。連なる木の柱の奥へ、人物がひとり歩いていく。
いまの岡山・吉備津神社、廻廊の実写。
人物は、生成AIが描いた架空の巡礼者で、実在しません。
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第十七回で、『吉備津の釜』の岡山を語っています。

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