47storiesJP 47の物語青森

津軽の雪

こな雪

つぶ雪

わた雪

みづ雪

かた雪

ざらめ雪

こほり雪

(東奥年鑑より)——『津軽』巻頭の題辞

津軽

太宰治

昭和十九年、「新風土記叢書」の一冊として注文された、三週間の津軽一周の記録です。ところが著者は序編で、地誌の科目を断ってしまいます——「私には、また別の専門科目があるのだ。世人は仮りにその科目を愛と呼んでゐる。人の心と人の心の触れ合ひを研究する科目である。」地誌のふりをして、人の温かさだけを調べて歩いた本です。この頁は、その科目の記録だけを辿ります。

読みもの 一

巡礼、と章題にある

旅立ちの理由を問われて、彼は作家たちの死んだ年齢を並べる——「正岡子規三十六、尾崎紅葉三十七、斎藤緑雨三十八、国木田独歩三十八、長塚節三十七、芥川龍之介三十六、嘉村礒多三十七。」「ばたばた死んでゐる。おれもそろそろ、そのとしだ。」そうして、むらさきに変色した手製の作業服で、乞食のような姿で東京を発つ。本編第一章の題は、巡礼。行く先は霊場ではなく、人である。

最初の停車駅は、青森のT君。昔、生家で鶏舎の世話をしていた人で、戦地から病を得て帰った。戦地で一番うれしかったことを問われて言下に答える——「戦地で配給のビールをコツプに一ぱい飲んだ時です。大事に大事に少しづつ吸ひ込んで、途中でコツプを唇から離して一息つかうと思つたのですが、どうしてもコツプが唇から離れないのですね。どうしても離れないのです。」いまは一滴も飲まない。そうして今でも金木の夢を見るという——「鶏に餌をやる事を忘れた、しまつた! と思つて、はつと夢から醒める事があります。」

別れぎわ、蟹田まで一緒に、と言い出せない自分を、彼はこう説明する。「大人といふものは侘しいものだ。愛し合つてゐても、用心して、他人行儀を守らなければならぬ」——「大人とは、裏切られた青年の姿である。」だが翌朝、T君は一番のバスで蟹田へ来てくれる。「私たちには、まだ、たわいない少年の部分も残つてゐた。」

読みもの 二

蟹の山、リンゴ酒の問答

蟹田は中学時代の唯一の友人、N君の町。手紙には「なんにも、おかまひ下さるな」と書き、しかし「でも、リンゴ酒と、それから蟹だけは。」と付け足した。着いてみれば、赤い猫脚の大きい膳に蟹が小山と積んであって、N君は言いにくそうに切り出す——「リンゴ酒でなくちやいけないかね。日本酒も、ビールも駄目かね。」遠慮が遠慮とぶつかって、双方ほっとして、日本酒になる。漢詩が一つ引いてある。「此時一盞無くんば、何を以てか平生を叙せん」。

観瀾山の花見。ここの桜は「花弁も薄くすきとほるやうで、心細く、いかにも雪に洗はれて咲いたといふ感じである」。その芝生で彼は先輩作家の悪口に脱線し、誰にも同感されず、「みとめてくれよ。二十分の一でもいいんだ。みとめろよ。」と本音を吐いて、皆にひどく笑われて救われる。旅の手帖には、こう書きつけた——「信じるところに現実はあるのであつて、現実は決して人を信じさせる事が出来ない。」

蟹田分院の事務長のSさんは、ずっと前から彼の来訪を楽しみにしていた人である。家に連れて帰るなり、こうなった。

「おい、東京のお客さんを連れて来たぞ。たうとう連れて来たぞ。」

「挨拶をせんかい。早く出て来て拝んだらよからう。ついでに、酒だ。」

「なんだ、一升しか無いのか。少い! もう二升買つて来い。」

「待て、そんな手つきぢやいけない、僕がやる。」

「早くリンゴ酒を、もう二升。お客さんが逃げてしまふぢやないか。」

「東京のお客さんに、うちの砂糖全部お土産に差し上げろ。」

「音楽、音楽。レコードをはじめろ。シユーベルト、シヨパン、バツハ、なんでもいい。」

「なんだ、それは、バツハか。やめろ。うるさくてかなはん。」

「さうだ。卵味噌だ。卵味噌に限る。卵味噌だ。卵味噌だ。」

「この疾風怒濤の如き接待は、津軽人の愛情の表現なのである。」

Sさんはそれから一週間、卵味噌のことを思い出すと恥ずかしくて酒を飲まずにはいられなかった。奥さんに叱られたでしょう、と友人に笑われて、答えて曰く——「いいえ、まだ。」

読みもの 三

北へ、路の尽きるところまで

N君と二人、外ヶ浜街道をさらに北上する。三厩でバスは終わり、あとは波打際の心細い路を三時間。寒さに音を上げて、竜飛の一つ手前の部落でN君が知合いの家に飛び込み、「悪運つよし。水筒に一ぱいつめてもらつて来た。五合以上はある。」

それから、烈風。「もう少しだ。私たちは腰を曲げて烈風に抗し、小走りに走るやうにして竜飛に向つて突進した。路がいよいよ狭くなつたと思つてゐるうちに、不意に、鶏小舎に頭を突込んだ。」

「竜飛だ。」とN君が、変わった調子で言った。

「ここが?」

鶏小舎と見えたのが、すなわち竜飛の部落なのである。凶暴の風雨に対して、小さい家々が、ひしとひとかたまりになって互いに庇護し合って立っている。

「ここは、本州の袋小路だ。」

「読者も銘肌せよ。諸君が北に向つて歩いてゐる時、その路をどこまでも、さかのぼり、さかのぼり行けば、必ずこの外ヶ浜街道に到り、路がいよいよ狭くなり、さらにさかのぼれば、すぽりとこの鶏小舎に似た不思議な世界に落ち込み、そこに於いて諸君の路は全く尽きるのである。」

路はここで尽きます。しかし、この本はここで終わりません。旅は振子のように西海岸へ折り返します。目指す人が、まだ残っているからです。

読みもの 四

母を捜して

西海岸。深浦の宿では、主人が兄の中学の同期生で、鮑のはらわたの塩辛を出してくれた。「かうして、津軽の端まで来ても、やつぱり兄たちの力の余波のおかげをかうむつてゐる。」木造では、父の生れた家に思い切って入り、間取りが金木の生家とそっくりなことに気づく。「私には養子の父の心理が何かわかるやうな気がして、微笑ましかつた。」五所川原では恩人の中畑さんが、切れた靴下を見つけて箪笥から新しいのを出してくれる。あさって婚礼だというひとり娘のけいちゃんが、自分の大事な日を忘れたような顔で、小泊行きの一番のバスを調べてくれる。

小泊には、たけがいる。三つから八つまで彼を育てた子守で、本を読むことを教え、お寺の地獄極楽の絵で道徳を教え、そうしてある朝、何も言わずに突然いなくなった人である。「私は大声挙げて泣いた。たけゐない、たけゐない、と断腸の思ひで泣いて、それから、二、三日、私はしやくり上げてばかりゐた。」それきり、三十年近く逢っていない。

「私はその人を、
自分の母だと思つてゐるのだ。」

小泊。たけの家には南京錠が掛かっていて、筋向いの煙草屋のおばあさんが事もなげに言う——運動会へ行ったんだろう。学校の裏へ回ってみて、彼は呆然とする。

「まづ、万国旗。着飾つた娘たち。あちこちに白昼の酔つぱらひ。」百に近い掛小屋がぎっしり立ち並び、家族ごとに重箱をひろげている。「海を越え山を越え、母を捜して三千里歩いて、行き着いた国の果の砂丘の上に、華麗なお神楽が催されてゐたといふやうなお伽噺の主人公に私はなつたやうな気がした。」

「越野たけといふひと、どこにゐるか、ご存じぢやありませんか。」

たけはゐませんか、金物屋のたけはゐませんか、と尋ね歩いて、運動場を二度もまはつたが、わからなかつた。

縁が無いのだ。神様が逢うなとおっしゃっているのだ。帰ろう——バスの発着所で三十分待つあいだ、今生の暇乞いのつもりで、もう一度だけ留守宅の前へ行く。

「ふと見ると、入口の南京錠がはづれてゐる。」

腹痛で薬を取りに戻っていた、水兵服の少女。その顔で、たけの顔をはっきり思い出した。「金木の津島です。」と名乗ると、少女は、あ、と言って笑った。

「私は、たけの子だ。
女中の子だつて何だつてかまはない。
私は大声で言へる。私は、たけの子だ。」

少女に連れられて掛小屋へ。たけは、うつろな眼をして彼を見た。「修治だ。」「あらあ。」それだけだった。そうして自分の傍に坐らせ、何も言わず、きちんと正座して子供たちの走るのを熱心に見ている。

「まるで、もう、安心してしまつてゐる。」「もし、さうなら、私はこの時、生れてはじめて心の平和を体験したと言つてもよい。」

しばらく経って、たけは、まっすぐ運動会を見ながら「肩に波を打たせて深い長い溜息をもらした」。餅を勧めて断られると、小声で言って微笑んだ——「餅のはうでないんだものな。」

竜神様の桜の小路で、たけは突然、八重桜の小枝を折り取り、一語ごとに花をむしり取っては捨てながら、堰を切ったように話した。

「久し振りだなあ。はじめは、わからなかつた。金木の津島と、うちの子供は言つたが、まさかと思つた。まさか、来てくれるとは思はなかつた。」

「三十年ちかく、たけはお前に逢ひたくて、逢へるかな、逢へないかな、とそればかり考へて暮してゐたのを、」

「手かずもかかつたが、愛ごくてなう、それがこんなにおとなになつて、みな夢のやうだ。」

「よく来たなあ。」

「見よ、私の忘れ得ぬ人は、青森に於けるT君であり、五所川原に於ける中畑さんであり、金木に於けるアヤであり、さうして小泊に於けるたけである。」——「私は、これらの人と友である。」

「私は虚飾を行はなかつた。読者をだましはしなかつた。
さらば読者よ、命あらばまた他日。
元気で行かう。絶望するな。では、失敬。」

——『津軽』結びの一節(初出・新風土記叢書7、昭和十九年)

竜飛崎には、「ここは、本州の袋小路だ。」の一節を刻んだ太宰治の文学碑が立っています。そして小泊には、あの再会の場面をかたどった太宰とたけの像が立ち、小説『津軽』の像記念館が建っています。地の果ての一行と、人の膝もとの再会と、両方がいまも青森に残っています。

下の一枚は、いまの外ヶ浜の実写です。

この一枚
白いTシャツ。胸に「ここは、本州の袋小路だ。」の一行と、いまの外ヶ浜の写真をあしらった図案
胸のところに、袋小路の一行を載せています。

胸にあるのは、竜飛で書かれた一行と、いまの外ヶ浜の実写です。

つくり手は47storiesJP。青森は太宰の、この一行です。

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