秋刀魚の歌

佐藤春夫 和歌山 一九二一年
あはれ 秋風よ 情あらば伝へてよ ――男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて 思ひにふける と。
さんま、さんま そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。 そのならひをあやしみなつかしみて女は いくたびか青き蜜柑をもぎて夕餉にむかひけむ。 あはれ、人に捨てられんとする人妻と 妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、 愛うすき父を持ちし女の児は 小さき箸をあやつりなやみつつ 父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。
あはれ 秋風よ 汝こそは見つらめ 世のつねならぬかの団欒を。 いかに 秋風よ いとせめて 証せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。
あはれ 秋風よ 情あらば伝へてよ、 夫を失はざりし妻と 父を失はざりし幼児とに伝へてよ ――男ありて 今日の夕餉に ひとり さんまを食ひて 涙をながす と。
さんま、さんま、 さんま苦いか塩つぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。 あはれ げにそは問はまほしくをかし。
(大正十年十月)
真上から見た膳の墨絵。楕円の皿に焼いた秋刀魚が一尾、箸置きに揃えた箸、青蜜柑がひとつ。 同じ皿の墨絵。秋刀魚は頭と骨だけになり、箸は皿の縁に休み、青蜜柑は半分に割られている。

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この一枚について
佐藤春夫『秋刀魚の歌』の一枚。雑賀崎の路地の写真と、詩の一行を縦に組んだ図案。

つくっているのは、四十七の物語をその土地の風景と組みなおす小さな仕事場、47storiesJP です。ひとつの県にひとつの作品を選び、活字のなかにあった情景を、いま歩ける景色のうえへそっと置きなおしています。

和歌山に選んだのは、佐藤春夫の詩「秋刀魚の歌」。ひとりの夕餉に秋刀魚を焼き、そこへ青き蜜柑の酸をしたたらせる——それが紀州の習いだと、詩そのものが告げています。図案に置いた言葉は、青空文庫版を底本とした原文のまま。読点ひとつ、行の切れ目ひとつまで、詩人の書いたとおりに写しています。

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いまの雑賀崎
和歌山市・雑賀崎の漁港へ下る路地の階段。手前に腰かける巡礼者の姿。
いまの和歌山・雑賀崎の漁港。
人物は、生成AIが描いた架空の巡礼者。
この土地の話

この詩をめぐって、兄妹が話す一回。秋風への呼びかけと、ひとりの夕餉と、青い蜜柑のこと。

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