広島 / 林芙美子『放浪記』

私は宿命的に 放浪者である。 私は古里を持たない。

道中費、金七十銭也。I am fated to be a wanderer.
林芙美子『放浪記』 1930 尾道
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『放浪記』は日記の形をしている。頁をめくるたび、何銭、何銭と数字が書きつけられ、その数字の隙間で、書き手はふてぶてしく生きている。芙美子はそれを嘆きの言葉にしない。「である。」という断定の文体で、その日の勘定と気分をならべて置く。

放浪は、選んだものではなく宿命だった。けれど、倒れた日の次の行には、きっと起き上がる文がある。宿命が旅を強い、意志が起き上がる——その二つが、同じ一冊の中でずっと拮抗している。

47storiesJPは、各地の物語をその土地の風景とともに一枚に写す試みです。ここに置いた言葉は林芙美子『放浪記』の原文(青空文庫の底本)、坂道は尾道の実写、赤い傘をさして石段を下りてゆく人は、生成AIが描いた架空の巡礼者です。

旅程
――序

はじまりの頁には、放浪が宿命である理由が書いてある。移りつづける子どもに、故郷という言葉は宿らない。

「父は四国の伊予の人間で、太物の行商人であった。母は、九州の桜島の温泉宿の娘である。母は他国者と一緒になったと云うので、鹿児島を追放されて父と落ちつき場所を求めたところは、山口県の下関と云う処であった。私が生れたのはその下関の町である。 ――故郷に入れられなかった両親を持つ私は、したがって旅が古里であった。」

佐世保、久留米、下関、門司、戸畑、折尾と言った順に、四年の間に、七度も学校をかわって、私には親しい友達が一人も出来なかった。

七月×日 / 東京

食い詰めれば、また旅の支度をする。荷を送り出す帳面の隅に、その日の入用が書きつけてある。

「旅へ出よう。美しい旅の古里へ帰ろう。海を見て来よう――。」

道中費、金七十銭也。

一月×日 / 大阪

職を無くし、紹介所の門を出る。落ち込む前に、まず宣言してしまう。それが彼女の順番だ。

「さあ!素手でなにもかもやりなおしだ。」
×月×日 / 兵庫・船で高松へ

海の上で、自分に言い聞かせる短い一行。誰に向けたものでもない、自分への号令だ。

「元気を出して、どんな場合にでも、弱ってしまってはならない。」
尾道

そして尾道。旅費を借り、五年ぶりに、汽車が海へさしかかる。

七月×日
「下の細君に五円借りた。尾道まで七円くらいであろう。」
「海が見えた。海が見える。五年振りに見る、尾道の海はなつかしい。汽車が尾道の海へさしかかると、煤けた小さい町の屋根が提灯のように拡がって来る。赤い千光寺の塔が見える、山は爽かな若葉だ。緑色の海向うにドックの赤い船が、帆柱を空に突きさしている。私は涙があふれていた。
尾道の坂道と海——雨に濡れた石段、瓦屋根の町並みの向こうに尾道水道と橋
尾道の実写。石段を下りる赤い傘の人は、生成AIが描いた架空の巡礼者。
尾道は、帰るための故郷ではない。学校を七度かわった子どもに、そんな場所はもとから無い。 それでも、旅する者の古里はある。
「尾道の千光寺の桜もいいだろうとふっと思う。あの桜の並木の中には、私の恋人が大きい林檎を噛んでいた。海添いの桜並木、海の上からも、薄紅い桜がこんもり見えていた。」
着る

胸に置くのは、
その日記の、いちばん初めの一行。

「私は宿命的に放浪者である。」——旅を古里とした一冊の書き出しを、尾道の風景とともに一枚に写しました。着るたびに、その断定が胸のあたりにある。

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『放浪記』デザインの原画——縦組みの一行と尾道の風景
デザイン原画
作品討論ラジオ / #08

何銭、何銭と数字のつづくこの日記を、兄と妹がまるごと一冊語り合った回。倒れた日の頁より、起き上がる行の話を長く。

#08 広島 / 林芙美子『放浪記』Spotifyで聴く(作品討論ラジオ)