岸で
畢竟除夜又は節分の夜、去年中の悪夢の大掃除をして流す船で、室町の頃には、節分御船など言はれたものが、いつか宝船に変つたのであつた。
船にすつかり乗せて了うた後、心安らかに元旦又は立春の朝の夢を見たものであつた。
其葉を寝牀の下に敷いて寝れば、蚤は其葉に乗つて去ると伝へてゐる
琉球本島
にらいかない
にらいかないと言ふのは、海の彼方の理想の国土で、神の国と考へられてゐる処である。
神はこゝから時に海を渡つて、人間の村に来るものと信じて居る。
石垣・宮良
にいる
宮良といふ村の海岩洞窟から通ふ地底の世界にいる(又、にいる底)と言ふのがあるのは、にらいと同じ語である。
先島
まやの国
春の初めにまやの神・ともまやの神の二神、楽土から船で渡つて来て、蒲葵笠に顔を隠し、簑を着、杖をついて、家々を訪れて、今年の農作関係の事、其他家人の心をひき立てる様な詞を陳べて廻る。
まれびとの最初の意義は、神であつたらしい。時を定めて来り臨む神である。
神の来臨を示すほと/\と叩く音から来た語と思ふ。
奄美〜伊平屋
なるこ・てるこ
伊平屋群島をこめて、なるこ・てること言ふ理想国を考へてゐる。
大祓の詞
根の国・底の国
根の国・底の国にいますはやさすらひめと言ふ神、持ちさすらひ失ひてむ
出雲風土記
黄泉の穴
夢に此磯の窟の辺に至る者は、必死す。
記紀・万葉
とこよ
常世の国なる他界と、我々の住む国との間に、時間の基準が違うてゐる
是の神風の伊勢の国は、常世の浪の重浪帰する国なり。
私どもの国土に移り住んだ祖先のにらいかないは、実はとこよのくにと言ふ語で表されてゐたのであつた。
村々の死人は元より、あらゆる穢れの流し放たれる海上の島の名であつたのである。
常闇は時間について言ふ 絶対観でなく、 物処について言ふもので、 絶対の暗黒と言ふ事である。
まれびとの来る島として、老いず死なぬ霊の国として、とこよは常夜ではなくなつて来た。
子らに恋ひ、朝戸を開き我が居れば、常世の浜の浪の音聞ゆ
丹後風土記逸文
学問の言葉を着る一枚です。定義の一文なのに、水平線を前にして読むと詩のほうへ傾く——この論文のいちばん折口らしいところを選びました。
47storiesJPのシリーズの一枚。一県につき一作、言葉と土地の写真で仕立てています。沖縄は折口信夫の、この論文。
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岩礁に立つのは、生成AIが描いた架空の巡礼者で、実在しません。