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四十七分の二十八

泉鏡花

歌行燈

灯は、この行燈のまわりだけ。読む先へ進めば、灯も随いてまいります。

泉鏡花『歌行燈』——明治四十三(一九一〇)年一月発表。三重・桑名。零落した能役者の芸が、行燈の灯りの下でふたたび立ち上がる一夜。

灯を持つ者より

47storiesJPと名乗ります。権利の消えた日本の名篇を一県にひとつ択び、作品の灯った土地のいまの実写へその言葉を重ね、一枚の布に刷り込んでいます。三重の一枚が、この『歌行燈』。ここに置いた言葉は泉鏡花の原文、風景は桑名の実写、絵に立つ人物は生成AIが描いた架空の巡礼者で、実在しません。

『歌行燈』は、闇と灯のあわいで芸が立ち上がる小説です。灯は読む先へ随いてゆきますが、灯を控える設定(動きを抑える設定)のときや、うまくともらないときは、はじめから全文が明るく読めます。どうぞ、灯を追って。

唄 月夜の桑名

車が二台、
月の東海道を走る

物語は、名古屋の宮から桑名へ、月の下を人力車が二台走るところからはじまる。乗っているのは道楽半分の老人が二人。片方が言い出して、二人は道々『東海道中膝栗毛』の弥次郎兵衛と喜多八になりきり、上機嫌で膝栗毛ごっこを続けている。その笑いの底に、片方がかつて名人と呼ばれた能役者で、いまは謡を封じられた身であることは、まだ伏せられている。

宿場町の門口で、二人はうどん屋の主人が客を待って口ずさむ博多節に足を止める。世は事もなく更けてゆく——冒頭に置かれた膝栗毛の一句が、その上機嫌をよく言い当てている。

「宮重大根のふとしく立てし……悦びのあまり……」

——泉鏡花『歌行燈』より(底本:青空文庫)

ふとった大根がまっすぐ立つように、ただ機嫌よく。そういう夜だった。うどん屋の門口から流れてきた博多節の一節を、二人はうつし取るように口にする。

「お月様がちょいと出て松の影、
アラ、ドッコイショ」

上機嫌のうしろに、まだ名の知れぬ哀しみが一つ、灯を待っている。

灯 罪と救い

同じ芸が、
人を殺し、人を生かす

老人の一人——喜多八には、封じられた過去がある。旅先の宿で、按摩をなりわいとする宗山という男が、芸の道を鼻にかけて人を見下していた。若き日の喜多八はその慢心を芸で打ちのめし、恥じ入った宗山はその夜のうちに身を投げて死ぬ。芸が、人を一人死なせた。喜多八は伯父・恩地源三郎の前に呼び出され、能役者としての一切を絶たれる。

「日本一の不所存もの、恩地源三郎が申渡す、向後一切、謡を口にすること罷成らん。」

——泉鏡花『歌行燈』より(底本:青空文庫)

謡を封じられた喜多八が桑名をさすらう頃、同じ町に、身を売られかけた一人の娘がいた。名はお三重。父は——芸を鼻にかけて死んだ、あの宗山である。喜多八はそれと知らず、鼓ヶ嶽の裾で、この娘に舞と唄を仕込む。人を死なせた芸が、その死者の娘を、こんどは生かしにかかる。稽古を経た娘は、のちにこう語る。

「舞も、あの、さす手も、ひく手も……私の身体が、舞いました。」

——泉鏡花『歌行燈』より(底本:青空文庫)

芸は、罪でもあり、救いでもある。
その円環が、湊屋の座敷でひとつに閉じる。

舞 湊屋の座敷

桑名の宿・湊屋の座敷。旅の一行のもとへ、酌婦として呼ばれてきた娘こそ、鼓ヶ嶽で舞を仕込まれたお三重だった。同じ座敷に、喜多八の伯父・源三郎がいる。娘の舞に亡き者の面影を見た源三郎は、素性を悟り、こう呼びかけて、いま一度舞うよう促す。

「お三重さんか、私は嫁と思うぞ。
喜多八の叔父源三郎じゃ、更めて一さし舞え。」

水に乱れて、灯に揺めき、畳の海は裳に澄んで、塵も留めぬ舞振かな。

Wavering in the lantern glow, the tatami becomes a serene sea — a dance so pure it washes away all earthly dust.

——泉鏡花『歌行燈』より(底本:青空文庫)

座敷の外では、封を解かれた喜多八が笛を吹いていた。伯父の舞と、姪の舞とが——

「舞の扇と、うら表に、そこでぴたりと合うのである。」

灯の下の店

その一節を、胸に一枚。

持ち帰れる品は、ただ一枚。白布の胸に、桑名の実写風景と、舞の一節「水に乱れて、灯に揺めき……」を刷り込んだ一着だ。闇のなかで灯を追ってここまで来た人へ、この灯を一枚、持ち帰ってもらう。

言葉は鏡花の原文、風景は桑名の実写、絵に立つ人物は生成AIが描いた架空の巡礼者で、実在しません。

『歌行燈』の絵札。桑名の実写風景に「水に乱れて、灯に揺めき、畳の海は裳に澄んで、塵も留めぬ舞振かな。」の一節を組んだ図
図案の元になった絵札。言葉は『歌行燈』舞の場の一節(鏡花の原文)、風景は桑名の実写。
泉鏡花『歌行燈』三重Tシャツ。白地の胸に桑名の実写風景と『歌行燈』の一節を刷った図案

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泉鏡花『歌行燈』
三重 Tシャツ

「水に乱れて、灯に揺めき、畳の海は裳に澄んで、塵も留めぬ舞振かな。」


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土地 桑名

七里の渡しの、
灯のともる町

『歌行燈』の一夜が置かれた桑名は、木曽三川——揖斐川・長良川・木曽川が伊勢の海へ落ちてゆく川口の町である。海と川と旅人の出入りする、灯の似合う土地だった。

七里の渡し
宮宿(熱田)と桑名宿を海路で結んだ、東海道で唯一の海の道。海上およそ七里。老人二人が月夜に辿り着くのも、この渡しの町・桑名である。
湊屋のモデル・船津屋
作中の宿「湊屋」には、桑名に現存する料理旅館・船津屋がモデルとされる。鏡花が滞在した宿でもある。
揖斐川の川口
桑名は揖斐川が伊勢湾へ注ぐ川口に開けた湊町。水の匂いと灯のゆらぎは、この土地の地形そのものである。
放送

灯を消す前に、
もう一席。

#25 三重 / 泉鏡花『歌行燈』
魔術的リアリズムとインフラの敗北

県ごとの一篇を順ぐりに囲む番組「作品討論ラジオ」の三重回。鏡花の文体を「魔術的リアリズム」と呼び、七里の渡しという古い交通のインフラが果てる地点から『歌行燈』を読み直す一席である。

歌行燈の回へ(Spotify)