47storiesJP47の物語
四十七分の二十八
灯は、この行燈のまわりだけ。読む先へ進めば、灯も随いてまいります。
47storiesJPと名乗ります。権利の消えた日本の名篇を一県にひとつ択び、作品の灯った土地のいまの実写へその言葉を重ね、一枚の布に刷り込んでいます。三重の一枚が、この『歌行燈』。ここに置いた言葉は泉鏡花の原文、風景は桑名の実写、絵に立つ人物は生成AIが描いた架空の巡礼者で、実在しません。
『歌行燈』は、闇と灯のあわいで芸が立ち上がる小説です。灯は読む先へ随いてゆきますが、灯を控える設定(動きを抑える設定)のときや、うまくともらないときは、はじめから全文が明るく読めます。どうぞ、灯を追って。
物語は、名古屋の宮から桑名へ、月の下を人力車が二台走るところからはじまる。乗っているのは道楽半分の老人が二人。片方が言い出して、二人は道々『東海道中膝栗毛』の弥次郎兵衛と喜多八になりきり、上機嫌で膝栗毛ごっこを続けている。その笑いの底に、片方がかつて名人と呼ばれた能役者で、いまは謡を封じられた身であることは、まだ伏せられている。
宿場町の門口で、二人はうどん屋の主人が客を待って口ずさむ博多節に足を止める。世は事もなく更けてゆく——冒頭に置かれた膝栗毛の一句が、その上機嫌をよく言い当てている。
「宮重大根のふとしく立てし……悦びのあまり……」
——泉鏡花『歌行燈』より(底本:青空文庫)
ふとった大根がまっすぐ立つように、ただ機嫌よく。そういう夜だった。うどん屋の門口から流れてきた博多節の一節を、二人はうつし取るように口にする。
「お月様がちょいと出て松の影、
アラ、ドッコイショ」
上機嫌のうしろに、まだ名の知れぬ哀しみが一つ、灯を待っている。
老人の一人——喜多八には、封じられた過去がある。旅先の宿で、按摩をなりわいとする宗山という男が、芸の道を鼻にかけて人を見下していた。若き日の喜多八はその慢心を芸で打ちのめし、恥じ入った宗山はその夜のうちに身を投げて死ぬ。芸が、人を一人死なせた。喜多八は伯父・恩地源三郎の前に呼び出され、能役者としての一切を絶たれる。
「日本一の不所存もの、恩地源三郎が申渡す、向後一切、謡を口にすること罷成らん。」
——泉鏡花『歌行燈』より(底本:青空文庫)
謡を封じられた喜多八が桑名をさすらう頃、同じ町に、身を売られかけた一人の娘がいた。名はお三重。父は——芸を鼻にかけて死んだ、あの宗山である。喜多八はそれと知らず、鼓ヶ嶽の裾で、この娘に舞と唄を仕込む。人を死なせた芸が、その死者の娘を、こんどは生かしにかかる。稽古を経た娘は、のちにこう語る。
「舞も、あの、さす手も、ひく手も……私の身体が、舞いました。」
——泉鏡花『歌行燈』より(底本:青空文庫)
芸は、罪でもあり、救いでもある。
その円環が、湊屋の座敷でひとつに閉じる。
桑名の宿・湊屋の座敷。旅の一行のもとへ、酌婦として呼ばれてきた娘こそ、鼓ヶ嶽で舞を仕込まれたお三重だった。同じ座敷に、喜多八の伯父・源三郎がいる。娘の舞に亡き者の面影を見た源三郎は、素性を悟り、こう呼びかけて、いま一度舞うよう促す。
「お三重さんか、私は嫁と思うぞ。
喜多八の叔父源三郎じゃ、更めて一さし舞え。」
水に乱れて、灯に揺めき、畳の海は裳に澄んで、塵も留めぬ舞振かな。
Wavering in the lantern glow, the tatami becomes a serene sea — a dance so pure it washes away all earthly dust.
——泉鏡花『歌行燈』より(底本:青空文庫)
座敷の外では、封を解かれた喜多八が笛を吹いていた。伯父の舞と、姪の舞とが——
「舞の扇と、うら表に、そこでぴたりと合うのである。」
持ち帰れる品は、ただ一枚。白布の胸に、桑名の実写風景と、舞の一節「水に乱れて、灯に揺めき……」を刷り込んだ一着だ。闇のなかで灯を追ってここまで来た人へ、この灯を一枚、持ち帰ってもらう。
言葉は鏡花の原文、風景は桑名の実写、絵に立つ人物は生成AIが描いた架空の巡礼者で、実在しません。
47storiesJP
「水に乱れて、灯に揺めき、畳の海は裳に澄んで、塵も留めぬ舞振かな。」
価格・仕様はSUZURIの商品ページで
ご確認ください。
『歌行燈』の一夜が置かれた桑名は、木曽三川——揖斐川・長良川・木曽川が伊勢の海へ落ちてゆく川口の町である。海と川と旅人の出入りする、灯の似合う土地だった。
#25 三重 / 泉鏡花『歌行燈』
魔術的リアリズムとインフラの敗北
県ごとの一篇を順ぐりに囲む番組「作品討論ラジオ」の三重回。鏡花の文体を「魔術的リアリズム」と呼び、七里の渡しという古い交通のインフラが果てる地点から『歌行燈』を読み直す一席である。
歌行燈の回へ(Spotify)