松浦あがた 蒲原有明

蒲原有明が、肥前松浦を歩いて書いた紀行です。行き先は唐津、虹の松原。旅は夕暮れの雷から始まります。

いかづち夕に天半を過ぐ、烏帽子、国見の山脈に谷谺をかへせしその響は漸く遠ざかれり、

その晩は牧島の宿に泊まり、盆の夜に行き合います。

くしや、この黄昏の空より吹きおろす秋風は遽に万点の火を松浦富士(越岳)の裾野に燃しいでたる。焔は忽ち熾なり、とみれば、また、かつがつうちしめて滅し去る、

これ各わが家の悲しき精霊の今宵ふたたび冥々の途に就くを愴み、そが奥津城どころに到りて「おくり火」焚くなりと教へられし

盆の送り火です。有明はこの夜、牧島の村長の家に泊まっていて、高台からこの火を見ました。

旅は続きます。夜道は、駒鳴峠にかかります。

山間の冷気は夜松浦川の渓を襲ひ、飽くまで醸しなされたる狭霧は恰も護摩壇の煙のごとし。

そが中に屡々悪魔のごとき黒山の影の面を衝いて揺くに駭きつ。

いにしへ大蛇あり、その箏のごとき巌に纏ふこと七巻半、鱗甲風に揺き、朱を濺げる眼は天を睨む、時に鎮西八郎射てこれを殪し、

夜が明けると、唐津に着きます。

満島より東、浜崎に到るのあひだ、松浦川と玉島川との挟める一帯の海岸なるかな、そもそも何によりてかただちに人を魅するの力ある、さながら夢幻の境のごときもの、

これ虹の松原!

われは唯里程の概算をうるの益あるよりも、寧ろ恍惚として、わが一歩をだに忘れむとするの楽を択ぶなり。

この松原は、唐津にいまも実在します。百万本といわれる松かげを、端から端まで通り抜けられます。胸の写真は、その中で撮った実写です。

潮の色やく、砕くる波やし、いさご明かなり、松みどりなり、

加ふるに東雲のむらさきと、夕映のくれなゐとは、波を彩り、沙にうつり、

背後に屏風を畳むは、これ領巾振山――

ただ要時、中空にかかりぬべき虹の橋は、やがて常住の影をここにあらはすがごとし、そのかがやく欄干に凭りて、わが霊魂は無限の歓喜を受けたりき。

この一枚
白い長袖シャツ。靄の松原に立つ白い装いの人物の写真に、「人を魅するの力ある、さながら夢幻の境のごときもの」の縦書き。
胸に、松原の写真とこの一句が入ります。

胸にあるのは、虹の松原を言い当てた一句と、いまの松原の靄の実写です。

つくり手は47storiesJP。佐賀は有明の、この一句です。

未販売です。

まとまった数の声が届いたら製作へ進みます。入口はフォームです。

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いまの佐賀・虹の松原
朝靄の松林。並ぶ幹の奥がしろく光り、径に人物の姿がある。
いまの佐賀・虹の松原の実写。
人物は、生成AIが描いた架空の巡礼者で、実在しません。
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第二十八回で、『松浦あがた』の佐賀を語っています。

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