最後の一句が、いま、松山駅前の句碑に立っています。明治二十八年、二十八歳、日清戦争の戦地へ発つ直前——このあと喀血が悪化して、子規はこの城下を自分の足で歩けなくなります。
繰ってきたのは『寒山落木』——子規が若書きも消さずに残した、自筆の全句稿です。
巻頭には自筆の年譜があります。ほとんど毎年、「歸省」。その同じ調子で、「咯血」。
明治十八年 夏郷里松山ニ歸ル○嚴嶋ニ遊ビ祭禮ヲ觀ル○九月上京
仝 廿年 春腸胃ヲ病ム上野ヲ散歩ス○夏歸省○九月上京
仝 廿二年 四月水戸ニ遊ブ徃復一週間○五月咯血 七月歸省九月上京不忍池畔ニ居ル後再ビ常盤會寄宿舍ニ入ル 十二月歸郷
仝 廿三年 一月上京七月歸郷 九月三井寺觀音堂前考槃亭ニ居ルコト七日直チニ上京
明治二十八年の春の句を最後に、子規はこの往復をできなくなります。
胸にあるのは、駅前の句碑と同じ句です。旅先で一度会った言葉と、堀之内の実写を組みました。
つくり手は47storiesJP。文学を県ごとに一作、いまの風景と一枚にしています。愛媛は子規の、この句。
園路の人物は、生成AIが描いた架空の巡礼者で、実在しません。