ごん狐
これは、私が小さいときに、
村の茂平というおじいさんからきいたお話です。
幕のおもて ― 村が見ていたもの
ごんは、一人ぼっちの小狐で、しだの一ぱいしげった森の中に穴をほって住んでいました。そして、夜でも昼でも、あたりの村へ出てきて、いたずらばかりしました。
幕に映るのは、影だけ。村の人が見ていたのは、いつも、いたずらをする小狐の影だった。――兵十はぼろぼろの黒いきものをまくし上げて、腰のところまで水にひたりながら、魚をとる、はりきりという、網をゆすぶっていました。
幕のおもて ― 葬列
墓地には、ひがん花が、赤い布のようにさきつづいていました。兵十が、白いかみしもをつけて、位牌をささげています。
その白い列を、ごんはじっと見つめていた。おれと同じ、一人ぼっちの兵十か。
ここから先は、
兵十には見えない。
幕の裏へ回れるのは、これを読む人だけ。
幕のうら ― 誰も見ていない側
つぎの日も、そのつぎの日もごんは、栗をひろっては、兵十の家へもって来てやりました。そのつぎの日には、栗ばかりでなく、まつたけも二、三ぼんもっていきました。
おれが、栗や松たけを持っていってやるのに、そのおれにはお礼をいわないで、神さまにお礼をいうんじゃア、おれは、引き合わないなあ。
栗は、毎日、土間に置かれていた。
読み手はもう知っている。兵十は、まだ知らない。
ごん、お前だったのか。
いつも栗をくれたのは。
Gon, was it you? The one who brought me chestnuts all this time.
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。
青い煙が、まだ筒口から細く出ていました。
この影は、まだ
幕の裏にいる。
結末の一行を縦に組んだ図案は、もうできあがっている。けれど、この一枚はまだ着られる形になっていない。矢勝川堤の秋を背に、栗をくれたごんの一行を身にまとう――その一枚が製品になるのを待っている。
ごんの栗は、生きているうちには届かなかった。
この一枚を着たいという声は、届く。
集まった声から、順に製品にしていく。数の演出も、締切もない。
リクエストを届ける — unlock this piece47storiesJP は、著作権の切れた日本の文学から、47の土地にひとつずつ物語を選び、一行を選ぶ。その一行を、物語の舞台となった土地の実写の風景に重ねて、一枚のTシャツに仕立てている。愛知は、新美南吉『ごん狐』と、半田・矢勝川堤の秋。言葉は原文、風景は実写、架空なのは風景のなかの人ひとり――生成AIが描いた巡礼者だけ。
物語の舞台・矢勝川堤を訪ねて、あの結末を読みなおす
村が語り継いだお話として
この物語は、「村の茂平というおじいさんからきいたお話」として書き起こされる。誰かが誰かに語り、その声がまた次の誰かへ渡っていく――幕に影を映して見せる語り物の様式は、その伝わり方そのものだ。
書いたのは十八歳の新美南吉。児童雑誌『赤い鳥』の一九三二(昭和七)年一月号に載った。愛知・半田の生まれで、二十九歳で世を去っている。若い手が書いた一篇が、いまも教室で読み継がれている。
幕の、どちら側にいたか
兵十が見ていたのは、いつも幕のおもてだった。いたずらをする狐の影。土間の栗が誰の手によるものかを、彼は撃ってから知る。
読み手だけが、幕の裏へ回れる。毎日、栗を運ぶ影の側に立てる。知っている側と、知らない側。そのずれが埋まらないまま、最後の一行は来る。だから、あの一行は刺さる。
赤い布は、いまも咲く
秋になると、矢勝川の堤はおよそ三百万本の彼岸花で赤く染まる。約一・五キロにわたって続くその赤を、地域の人々が植えはじめたのは一九九〇年のこと。「墓地には、ひがん花が、赤い布のようにさきつづいていました」――物語のなかの一節にちなんで、堤は本当に赤い布のようになった。作中の風景が、土地の秋になった。
兄妹の作品討論ラジオ
この物語を、まだ話し足りない。
幕の表と裏、届かなかった償い、一人ぼっち同士のすれ違い――『ごん狐』を一話まるごと語り合った回。読み終えたあとの人と、もう少しだけ長く話すために。
作品討論ラジオ 第27回 / 愛知・新美南吉『ごん狐』
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