オレはヒメを見つめていた筈だが、ヒメのうしろに広々とそびえている乗鞍山が後々まで強くしみて残ってしまった。
「本当に馬にそッくりだわ。黒い顔が赤くなって、馬の色にそッくり」
ヒメ、十三
「これが馬の耳の一ツですよ。他の一ツはあなたの斧でそぎ落して、せいぜい人の耳に似せなさい」
エナコ
「エナコよ。耳男の片耳もかんでおやり。虫ケラにかまれても腹が立たないそうですから、存分にかんであげるといいわ。」
ヒメ
なんだ、これで全部か、とヒメは怒っているように見えた。
オレはひるむ心が起ったとき水を浴びることを思いついた。十パイ二十パイと気が遠くなるほど水を浴びた。
「血を吸え。そして、ヒメの十六の正月にイノチが宿って生きものになれ。人を殺して生き血を吸う鬼となれ」
造りかけの像に
オレはヒメの笑顔を押し返すほど力のこもったモノノケの姿を造りだす自信がなかったのだ。
「みんな蛇ね」
ヒメ、十六の正月に
「火をつけなくてよかったね。燃してしまうと、これを見ることができなかったわ」
「でも、もう、燃してしまうがよい」
「珍しいミロクの像をありがとう。他の二ツにくらべて、百層倍も、千層倍も、気に入りました。」
本当に怖ろしいのは、この笑顔だ。この笑顔こそは生きた魔神も怨霊も及びがたい真に怖ろしい唯一の物であろう。
一点の翳りもなく冴えた明るい無邪気な笑顔。そこには血を好む一筋のキザシも示されていない。
ただあどけない童女のものが笑顔の全てで、どこにも秘密のないものだった。それがヒメの笑顔の秘密であった。
「今日も死んだ人があるのよ」
ヒメ
「私の目に見える村の人々がみんなキリキリ舞いをして死んで欲しいわ。その次には私の目に見えない人たちも。畑の人も、野の人も、山の人も、森の人も、家の中の人も、みんな死んで欲しいわ」
「お日さまがまぶしいように。お日さまに酔ったよう」
何十本もの蛇の死体が調子をそろえてゆるやかにゆれ、隙間からキレイな青空が見えた。
ぶらさがった蛇の死体までがこんなに美しいということは、なんということだろうとオレは思った。こんなことは人間世界のことではないとオレは思った。
このヒメを殺さなければ、チャチな人間世界はもたないのだとオレは思った。
「サヨナラの挨拶をして、それから殺して下さるものよ。私もサヨナラの挨拶をして、胸を突き刺していただいたのに」
ヒメ
「好きなものは咒うか殺すか 争うかしなければならないのよ。
お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして……」
ヒメの目が笑って、とじた。
物騒なせりふですが、この物語の底にある言葉です。読み終えた日から長くつきあうことになる一行なので、一枚にしました。
つくっているのは47storiesJP。県ごとに一冊を選び、その原文をいまの風景写真と組み合わせる仕事です。岐阜はヒダのタクミの、この説話です。
橋の上の人物は、生成AIが描いた架空の巡礼者で、実在しません。