一挙げかけた手
午後の教室に、窓いっぱいの光が来ている。先生の声。ほんとうは知っている答え。それでも手は、途中で止まる。
カムパネルラが手をあげました。それから四五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。
下ろした手のやり場は、放課後になっても見つからない。町はケンタウル祭の支度でどんどん明るくなって、その明るさは、いつも少し手前で終わる。ひとりで上る坂の先に、草の丘がある。夜は、そこだけ深い。
二銀河ステーション
切符を買った覚えはない。行き先をたずねた覚えもない。どこかで声がひとつして、あたりがいちどきに明るくなる。それだけのことで、もう夜のいちばん高いところにいる。
気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走りつづけていたのでした。
窓の外は、見たことのない量の光。こわさより先に、からだが軽い。そしてふりむけば、同じ車室に、いちばん会いたかった友だちが座っている。
三車窓
うつくしいものは、みんな窓の速さでやって来る。
水
けれどもあやしいその銀河の水は、水素よりももっとすきとおっていたのです。
砂
「この砂はみんな水晶だ。中で小さな火が燃えている。」
すくった手のひらの、一粒ずつの中で。
花
線路のへりになったみじかい芝草の中に、月長石ででも刻まれたような、すばらしい紫のりんどうの花が咲いていました。
——そして、言い終わるより早く。
カムパネルラが、そう云ってしまうかしまわないうち、次のりんどうの花が、いっぱいに光って過ぎて行きました。
来て、光って、過ぎる。どんなにきれいでも、この列車は停まらない。
四さそりの火
野原のむこうに、赤がひとつ。
そしてほんとうにそのまっ赤なうつくしいさそりの火は音なくあかるくあかるく燃えたのです。
むかし、誰のためにもなれなかった小さな虫が、こんどこそ、と願って燃えつづけている火だという。その話を聞いてから、少年の胸のいちばん奥が、静かに熱い。
僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまわない。
五そらの孔
「あ、あすこ石炭袋だよ。そらの孔だよ。」
銀河のまんなかに、光のとどかない場所がある。眼がすいこまれるほどの暗。その暗を前にして、いちばん遠くまで行く言葉が、少年の口から出る。
僕もうあんな大きな暗の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも
僕たち一緒に進んで行こう。
Let's go forward together, anywhere and everywhere.
六黒いびろうど
「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」ジョバンニが斯う云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの座っていた席にもうカムパネルラの形は見えずただ黒いびろうどばかりひかっていました。
呼ぶ声のあいだも、窓の光は同じ速さで流れつづける。
七丘の草の中
ジョバンニは眼をひらきました。もとの丘の草の中につかれてねむっていたのでした。胸は何だかおかしく熱り頬にはつめたい涙がながれていました。
目がさめても、切符はどこにもない。丘を降りれば、祭の灯はまだ点いている。それでも胸のまんなかに、あの一行だけが残っている。
もう一目散に河原を街の方へ走りました。
UNLOCK REQUEST
一行の切符
地上に持って帰れるのは、一行だけ。その一行を、切符のように胸に刷った。花巻の待合所の風景と、賢治の原文のことば。

このTシャツが並ぶ棚は、まだどこにもありません。誰の胸にも渡っていない、製品になる前の一枚です。着てみたいと思ったら、下のフォームから製品化のリクエストを送れます。
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+列車の外の夜
胸の中の夜には、外側がある。欠乏と、構造的な暴力と、それへの反逆——車窓のむこうにひろがっていたものの話は、47storiesJPのラジオ第36話で。
#36 岩手/宮沢賢治『銀河鉄道の夜』——極限の欠乏と構造的暴力への反逆
Spotifyで第36話を開く47storiesJPは、47都道府県の文学を一作ずつ、その土地の風景と重ねてTシャツにしている小さなプロジェクトです。岩手の言葉は宮沢賢治の原文から、風景は花巻の実写から。写真の人物は、生成AIが描いた架空の巡礼者です。