
ロケーション
和歌山県和歌山市雑賀崎
秋刀魚という具体物から、秋の寂しさや生活の匂い、ささやかな贅沢と感傷を呼び起こす抒情詩。季節の到来は祝祭というより、過去と現在の距離を意識させる装置として働く。口当たりの良い言葉の裏に、都会生活者の疲れや孤独が滲み、読後には、薄い煙のような余韻が残る。

さんま、さんま、さんま苦いか塩つぱいか。
英訳
Sanma, sanma,is it bitter or is it salty?
サマリー
引用文の概要と背景
この一節は、詩の結び(第三連)に登場する、非常に有名なリフレイン(繰り返し)部分です。
文脈
詩の前半では、愛する女性(友人の妻)とその子供と共に、秋刀魚に青蜜柑を搾って食べた、ささやかですが幸福な団欒(だんらん)の記憶が語られます。 しかし、この結びの場面では、その幸せは失われています。詩人は一人ぼっちで夕食の席につき、遠く離れてしまった母子(「夫を失はざりし妻」と「父を失はざりし幼児」)を想いながら、涙を流して秋刀魚を食べています。
解説
「苦いか塩つぱいか」という問いかけは、単なる味覚の確認ではありません。 秋刀魚のはらわたの「苦味」と、振られた塩の「塩気」に、自身の流す涙の「塩辛さ」や、人生の「苦渋」が混然一体となっている様を表しています。 「そが上に熱き涙をしたたらせて」と続くように、深い悲しみと孤独の中で食べる秋刀魚は、もはや本来の味ではなく、悔恨や未練の味がするという、詩人の痛切な感傷(センチメンタリズム)が凝縮された名句です。
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