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大分 / 菊池寛『恩讐の彼方に』

Kikuchi Kan “Beyond the Pale of Vengeance”
First published:1919
Location:Honyabakei, Nakatsu, Oita, Japan

作家
菊池寛

初出
1919年

復讐の連鎖が、加害者の贖罪と被害者側の葛藤によって、赦しへ転じうるのかを問う。過去の罪は消えないが、行為の積み重ねが関係の形を変えていく可能性が示される。道徳の正解を押しつけず、赦す側の痛みも残すため、結末はきれいに片づかない。人間の尊厳をどこに置くかを、真正面から迫る。

中津市本耶馬渓町 青の洞門

ただ土鼠のように、命のある限り、掘り穿っていくほかには、何の他念もなかった。

英訳

Like a mole, he had no other thought but to dig, as long as he had life.

サマリー

引用の概要と背景

この一節は、物語の終盤、主人公の了海(市九郎)が、豊前国(大分県)の山国川沿いにある難所・鎖渡(くさりわたし)の岩壁を掘り抜く工事に没頭している最中の心理描写です。

文脈

かつて主殺しと愛妾との逃避行という大罪を犯した市九郎は、出家して「了海」となり、全国行脚の末にこの危険な難所にたどり着きます。通行人が命を落とすのを見た彼は、罪滅ぼしのためにこの岩山を掘り抜いてトンネル(洞門)を作ることを決意します。 周囲の人々からは「狂坊主」と嘲笑され、石を投げられながらも、彼はたった一人でノミと槌を振るい続けます。この一節は、彼が寒さや飢え、肉体的な苦痛、そして世間の嘲笑さえも意識の外に置き、ただひたすら岩を掘ることだけに全存在を懸けている、無我の境地を描いています。

解説

「土鼠(もぐら)のように」という比喩は、人間らしい生活や尊厳をかなぐり捨て、土や泥にまみれて地中を這うような、なりふり構わぬ姿を表しています。しかしそこには、悲惨さよりも、むしろ崇高なまでの執念が感じられます。 「何の他念もなかった」とは、かつての罪悪感や、いつ完成するとも知れぬ絶望感、あるいは名誉欲など、あらゆる雑念が削ぎ落とされた状態です。 「命のある限り掘り穿(うが)つ」という行為そのものが彼の生きた証であり、贖罪(しょくざい)の祈りそのものとなっている、凄絶な求道者としての姿を象徴する一文です。

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